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神戸地方裁判所 昭和26年(行)22号 判決

原告 東洋精機株式会社

被告 尼崎市農業委員会・兵庫県知事

主文

原告の被告等に対する請求はいづれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「原告所有に係る別紙目録記載の土地に対し尼崎市農業委員会の為した買収計画に基く被告知事の買収並に売渡は無効であることを確認する。」仮りに右請求が容れられないとすれば「右土地につき被告尼崎農地委員会が昭和二十六年八月三十一日樹立した買収計画ならびにそれに基く被告兵庫県知事のなした買収及び売渡を取消す。」との判決を求め、その請求の原因として、

「別紙目録記載の土地(以下本件土地と略称する)は原告会社の所有であるところ、被告尼崎市農業委員会(以下単に被告尼崎農委という)は昭和二十六年八月三十一日これを小作地として買収計画を樹立したので、原告はこれに対し異議の申立をしたが、同年九月十八日却下され、更に同年十月十日兵庫県農業委員会(以下単に兵庫農委と略称する)に訴願したところ、同月二十九日棄却され、その裁決書は同年十二月一日原告に送達され、次で被告兵庫県知事は右買収計画に基き同月十日原告に買収令書を交付して本件土地を買収し、進んでその売渡を実施した。

然しながら本件の買収計画及び買収売渡手続に関し次のような事実上及法律上の違法があるから右買収計画、買収及び売渡はすべて無効である。

即ち

被告尼崎農委は本件買収計画につき何等決議した形跡がなく、又その買収計画書には同委員会において何時如何なる具体的の決議に基き買収計画が樹立されたかについての記載並にその決議に関与した委員の署名捺印並に作成年月日が記載されることがその有効条件であるにも拘らず、本件買収計画書にはこの要件を欠くが故に無効である。

公告について

公告は法律上単独行為の告知に該当する行政処分である。

自作農創設特別措置法(以下単に自作法という)においては買収計画を決定したときは利害関係人に通知を要する規定がないから公告はこの告知と同一の法律上の効力を有する。故に被告尼崎農委に於て本件の買収計画をどのように公告するかの決議を要するものであるが本件公告にはかゝる決議のなされた跡がない。又公告は右性質上買収計画の内容を公表すべきにこれをなさず、単に買収計画書類の縦覧期間とその書類の所在場所とを表示するに過ぎないから、本件買収計画の公告は法定要件を欠き無効である。

又自作法第六条には買収計画書を十日間縦覧に供することになつているが、本件の公告には「昭和二十六年八月三十一日より九月九日迄午前八時三十分より午後四時三十分まで但し休日を除く」と定められてあるがその期間中には休日を含むが故に正味八日間であつて法定の期間に足りないから、かゝる公告は要件を欠き無効である。

異議却下決定について

被告尼崎農委のした前記異議却下決定は同委員会のこれをなす旨の決議に基いておらない。又決議はその内容を文書を以つて表明しこれを異議申立人に告知して始めて効力を生ずべきに拘らず、本件の異議却下決定(乙第六号証)にはそのことがなく、せいぜい会長単独の決定行為或は通知と認むべく、被告尼崎農委の審判書としての要件を備えていないから無効である。

訴願裁決について

兵庫農委の為した前記訴願棄却の裁決の審議はその主文についてのみ行われ、その理由に関しては何等の審議を為した形跡がない。即ち裁決書の内容と一致する兵庫農委の決議なるものが存在しない故にこの裁決は無効である。

又裁決書は会長岸田幸雄名義で作成せられてある。同人は同委員会の訴願の審査と裁決の決議に関与しておらない。故に右裁決書は同委員会の裁決に関する意思を表示せる文書でないから無効である。よつて右裁決はその形式において又内容において共に無効である。又本件裁決審議の委員会において訴願の一部の事項につき第一特別委員会が更に現地調査を行い同特別委員会の審理専決に委任している。即ち裁決の一部事項は兵庫農委の審議を経ないで決定されておる。かかる裁決は法律上許さるべきものでない故にこの裁決は無効である。

本件の買収及び売渡について

政府の買収なる行政処分は、知事の買収令書なる文書の発行により具現せられ、その交付により対外的効力を生ずるに至る。然るに本件の買収期日は、同二十六年十一月一日であるに拘らず、買収令書が原告に交付せられたのは同年十二月六日である。かくの如く買収計画に定められた買収の時期以後になされた令書の交付による買収は法律上無効である。

又買収令書の発行は適法なる承認があることを前提とする(自作法第八条第九条)しかして適法なる承認は訴願裁決を経た後になさるべく、訴願裁決は裁決書が訴願人に送達されてその告知があつて初めてその効力を生ずる。

然るに本件に於て原告の訴願に対し同二十六年十月二十八日裁決がなされ、その裁決書は同年十二月二日原告に到達したこと前叙の通りであるに拘らず、本件の買収計画に対する尼崎農委の承認の申請は同委員会の決議を経ないで、訴願裁決以前の同年十月一日になされ、これに対し、兵庫農委は訴願裁決と同日で、裁決書の送達前である同二十六年十月二十九日承認の決議をなしたが、これと一致する決議がなく又その要件である同農委名義の承認書が作成されていないから承認なる効力はない。

以上述べた如き適法なる前提条件である承認を欠く被告知事の本件農地の買収は無効である。

右のように本件農地の買収は無効であるからこれを前提とする売渡も又無効である。

仮に本件買収売渡手続に以上のような形式的瑕疵がないとしても本件農地は原告会社が分工場設置の敷地として買入れたものであるが、その後太平洋戦争の進展につれ所要資材の入手困難となつたので、一時工員給食用の菜園として野菜類を作ることゝなり、訴外中沢亀太郎、同中西力蔵、同魚住房吉等を雇用して耕作に従事せしめた。然し原告会社はこの者と雇傭関係があるが小作関係の契約をしたことはない。元来本件土地は右述の通り工場敷地とするために買入れたものであるから水田に変更したり、又他人に転貸することを固く禁じていた。終戦後原告会社の虚脱状態に乗じ、前示中西は原告の承諾を受くることなく、又制止にも拘らず、漸次これを水田に変更し或は一部を訴外大浦亀吉、同木村竹四郎に無断転貸した。しかも相当なる収穫物を収めながら原告へは何物も引渡さない。それで原告は中西力蔵に対し再三再四土地の明渡を要求したが応じなかつたので、昭和二十二年神戸地方裁判所伊丹支部に中西力蔵及び無断転借人大浦亀吉、木村竹四郎に対し土地明渡の調停申立をなし翌年五月五日調停成立したが、その調停条項において、原告は右の者等に対し、原告が本件土地に工場を設置するため土地の用途変換の許可ある迄暫定的に従来通り耕作に従事することを容認した。其の後直ちに原告より工場設置のため農地潰廃許可申請を農林大臣に提出したが、許可又は不許可の通知が未だ原告に到違しない裡に本件の買収計画がなされたのである。この事実よりすれば本件買収地は小作地でないこと明かであるのに、被告尼崎農委は本件農地は使用貸借に係る法人所有の小作地であるとして買収計画を樹て、兵庫農委又これを認容するのであるが、前述の如き事情により中西は雇傭契約の下に耕作に従事しているのであつて小作関係ではなく、大浦、木村は原告の承諾を得ずして中西より転借している者であつて不法占拠者である。仮に右が理由がないにしても本件農地は公簿面積より広いのに本件買収計画は公簿面積によつて立てられ、その対価も一反歩三万円を下らない特別の事情があるのにこれを無視して対価を定めた違法がある。右の点からしても本件農地に関する前記買収計画、これに基く買収及びそれを前提とする売渡は無効である。仮に無効でないにしても叙上の事由は本件買収計画、買収、及び売渡の取消を求めうる手続上の瑕疵というべきである。」

と述べ、被告等の答弁に対し、

「原告は農地潰廃の許可を受けるまで暫定的に本件農地の使用を許したに過ぎずして使用貸借を設定したものではない。」

と述べた。

(立証省略)

被告等指定代理人は

本案前の答弁の趣旨として、原告の訴を却下する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、その答弁の理由として、

「本訴中無効確認を求める訴については行政庁たる被告等は当事者能力を欠くものである。即ち自作法による各行政庁は国の行政機関として各行政庁に委任せられた行政処分を行うにすぎないのであつて右行政処分によつて生ずる効果は国に帰属するのであるからその行為の無効確認の被告は当該法律関係の主体たる国である。行政処分の取消変更の訴については行政事件訴訟特例法第三条によつて各処分行政庁が例外的に形式的当事者能力を認められているが本訴の無効確認の訴においては被告等は当事者となる法的根拠を欠き当事者能力なき行政庁を被告とする本訴は不適法として却下すべきである。又原告は被告委員会に対し買収計画の又被告兵庫県知事に対し買収及売渡の各取消を併せ求めるが農地買収は買収計画の樹立より買収令書の交付売渡に至る各処分庁の一連の行為によつて始めて完成するものであり、その何れの点が違法であつても買収売渡処分が違法であるを免れないのであるから、その何れかの行政庁を特定してその取消を求めれば足り、その他は訴の利益を欠くが、その特定のない本訴はいづれもその利益を欠き不適法といわなければならない。」

と述べ、

本案につき、

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、

答弁として

「被告尼崎農委が原告主張の日別紙目録記載の土地につき法人所有の小作地として買収計画を樹てたところ、原告より異議申立があり被告委員会が原告主張の日これを却下し、原告より更にその主張の日兵庫農委に訴願し、同農業委員会が昭和二十六年十月二十九日棄却の裁決をなし、その裁決書が原告にその主張の日送達されたこと同農業委員会が原告主張の日右買収計画を承認し、被告知事が右買収計画に基き同年十二月六日原告に買収令書を交付して本件農地を買収し、更にこれが売渡を実施したことはこれを認めるが、その余の原告主張事実は否認する。

買収計画について

原告は買収計画書には被告尼崎農委の特定具体的な決議に基いた旨の記載並にその決議に関与した委員の署名捺印並に作成年月日が記載されることが有効条件であると主張するも、買収計画書の必要的記載要件は自作法第六条第五項に定められている。これらの事項以外の事項は必要要件ではなく原告の主張は理由がない。

公告について

原告は本件買収計画の公告はこれをなす旨の決議に基かずしてなされたのであるから農業委員会の公告でなく委員会長の単独行動であり、法定要件を欠くから無効であると主張するが、自作法第六条第五項には買収計画を定めたときは遅滞なくその旨を公告することを規定している。しかしてこの公告により買収計画が始めて行政行為として効力を発生するものであつて、市町村農業委員会は買収計画を定めることを決議する場合には固より公告することをも含めて決議しているのである。

なお縦覧期間について原告は本件公告に定められた期間は法定期間に不足するから無効であると主張するも、本件公告に定めた縦覧期間は乙第三号証に明かなように昭和二十六年九月一日より同年九月十日まで十日間と定めている。仮に原告主張のようにその縦覧期間が不足するとしても公告は農地の所有者その他の権利を有するものの利益保護のため周知せしめる目的によりなされるものであるから原告はその公告により縦覧期間内である同年九月七日に異議申立をなしているのであつて何等原告の利益を侵害せず、これが無効を主張する利益を有しない。

異議却下について

被告尼崎農委は原告の申立について委員会を開き審議の結果その理由がないから却下の決定をした。この決定はこれを審議した同二十六年九月十八日附被告尼崎農委の議事録(乙第五号証の一)によつて明らかである。

決定書は委員会代表者会長名義を以て作成している。

裁決について

兵庫農委は本件の訴願について審議裁決するに当つてその訴願の理由のすべてについて審議している。これは裁決に関する議事録(議案第十号)により明かである。議事録記載方法については別段の要式を法令が要求していないので、議事録には議事の要旨が記載せられているに過ぎず、具体的にどのような事項がどのように議決せられておるかゞ判る程度で足る。

本件は裁決(議決)に基いて県農業委員会代表者会長名義で裁決書を作成しているが、裁決書は裁決に関与していなくとも代表者たる会長名義で作成すべきである。

次に本件裁決審議委員会において訴願の一部につき第一特別委員会が更に現地調査を行い、同特別委員会の審議専決に委任しているというも、右は同二十六年十月二十九日附第一回兵庫県農業委員会議々事録議案第十号の議案内容全文を通読すれば自ら明らかであり、原告の訴願審議は第一の件に該当し第二の件は原告の訴願と無関係の別個の訴願について審議した議事内容であつて右に関する無効の主張は当らない。

承認について

本件買収計画について兵庫農委は自作法第八条によつて被告委員会の買収計画につき同委員会に対して適法有効に承認している。この承認は自作法第八条に所謂裁決をした後になされているのであつて、同条に裁決と規定しているこの裁決とは裁決に関する議決があれば足りる趣旨である。従つて訴願棄却の議決があつたと同時に法の要求する承認の前提としての裁決があつたこととなるのである。

原告は承認は裁決の効力発生前になされておるから無効であるというもその失当なること右述により明白である。

本件買収計画の承認については兵庫農委は乙第九号証の二のとおり承認指令書を同委員会代表者会長名義で作成し、承認の相手方である被告尼崎農委に対して交付している。

原告が承認の性質を曲解してその違法を主張してこれを前提とする本件農地の買収売渡の無効や取消を論議するのは全く理由がない。原告は本件農地は原告の自作地であつて小作地ではないと主張するが、本件農地は原告が同十三年頃買受けたものであるところ、(登記は同二十二年六月に所有権移転の登記済)その以前より訴外中西力蔵等三名が水田として耕作の目的に供していた農地であり、その状態は現在に至るも何等変化はない。たゞ同十九年頃の戦時下食糧の極めて不自由な際にあつて原告は本件農地を会社の自給農園となすことを企図したことはあるが、中西は原告の強要により、同十九年十二月より向う一年限りの約束の下に外二名と共に原告会社の嘱託農夫として原告に雇傭され本件農地の耕作に従事することとなつた。しかし間もなく中西力蔵以外の二名は本件農地の耕作に従事することをやめたので、中西は原告の了解の下に附近の専業農家である大浦亀吉、木村竹四郎の二名に依頼して本件農地の耕作を継続していた。その約束期限の経過した同二十一年以降も中西等三名は従前通り耕作していたが原告より明渡を求められたことはない。然るところ同二十二年頃より農地改革の進行に伴い原告は本件農地を自作法により国に買収されることを懸念し、急速に本件農地の明渡を要求したのであるが、訴外中西等三名は応じないので、原告は神戸地方裁判所伊丹支部に土地返還の調停を申立て、同二十三年五月五日調停が成立し、従来の耕作を廃止することなく小作を継続することとなり、たゞ原告が本件農地について農地調整法による農地潰廃許可の手続を完了し同許可を得たときは原告にこれを明渡すことを約したに過ぎないのである。

しかしその後相当年数経過するも原告は本件農地について農地調整法による潰廃許可申請をなしたこともなく、従前通り耕作を認めていた状態であつて、原告が本件農地について分工場を設置する意図は極めて漠然としたものであつて現実には具体的計画も目的もなかつたことは確たるものである。原告は本件農地については調停成立後直ちに農林大臣に農地潰廃の許可申請をなしたが、その許可の至ちざるうちに本件農地の買収計画を定めたことは不当であるというも、当時の農地の潰廃については農地調整法第六条の規定により知事の許可を要することになつていたが、その許可申請は農地のある市町村農業委員会を経由してその副申書を添付して県知事に進達することになつていた。その潰廃許可申請が県知事に提出された事実はなく、五千坪に足りない本件農地の潰廃申請を農林大臣に提出したと称する原告の手続は何等の意義もないのである。従つて本件農地は使用貸借による小作地である。

なお原告は本件農地は一反歩三万円を下らない価格を有する特別事情があるのに、これを無視した買収計画は無効又は取消さるべきであるというが、そのような事由は別に自作法第十四条による訴によつて不服を申立てるべく、買収計画の違法事由とはならない。」と述べた。

(立証省略)

理由

原告の所有にかかる別紙目録記載の土地に対し被告尼崎農委が法人の所有する小作地として自作法第三条第五項第四号により買収計画を決定したこと及び原告が之に対しその主張するような異議訴願の手続を経たこと、訴願棄却の裁決書が原告にその主張の日送達されたこと、兵庫農委が右買収計画を原告主張の日承認し、兵庫県知事が右買収計画に基き同二十六年十一月一日附の買収令書を原告に交付して本件農地を買収し、更にこれが売渡を実施していることは当事者間に争がない。

先ず被告等に対する訴の適否について判断する。

本件行政処分の主体でその効果の帰属者は結局において国なのであるが、農地の買収計画やその買収売渡処分の無効確認を求める訴は、その行政処分の結果である法律関係の存否を争うというよりはむしろ当該行政処分自体の違法を攻撃してその無効宣言を求めようとする点に於て行政処分の取消変更を求める訴とその性格を同じくするものであるから、行政事件訴訟特例法第三条の趣旨を類推して行政庁を被告とすることも妨げないものということができる。従つて、この点に関する被告等指定代理人の抗弁は理由がない。

しかして自作法に基く農地買収に関する買収計画以下の手続は結局買収売渡を目的とする一連の手続であることは正に被告の主張する通りであるから、その無効なり取消の原因が右手続の各段階につき共通の瑕疵を事由とする場合は当該処分庁のいずれか一方に対する関係に於てその買収処分が無効として確認(又は取消)されるに於てはその判決は他方関係行政庁をも拘束するものであるから、いづれかの行政庁を被告としてその行政庁のした行政処分の無効確認又は取消を求めれば足りることは被告主張の通りであるが、本件のように買収計画と買収売渡につき別異の瑕疵をも併せ主張されている場合はその共通の事由が理由なしと判断されても、その独自の瑕疵につき認容される場合もあるのであるから、各行政庁を共同に訴える法律上の利益は存するものと謂わねばならない。従つて被告のこの点に関する主張も理由がない。

次に本訴請求の当否について判断する。

(一)  買収計画について

先づ第一に原告は本件買収計画については被告尼崎農委の具体的決議がなされていないと主張するが、成立に争のない乙第二号証の一、二、によれば本件買収計画が昭和二十六年八月三十日右農地委員会において第十八号議案として審議可決されたことは明白である。しかして本件買収計画は右乙第二号証の一、の議事録(作成年月日と委員長外委員二名の署名捺印あり)と同号証の二、の買収計画書により明確にされているが、元来買収計画は原告主張のような形式を具備した買収計画書を作成して樹立すべき要式行為ではないから、それを前提とする原告の主張は採用できない。

(二)  公告についての判断

原告は公告は通知に代るものであるから被告尼崎農委に於て本件の買収計画をどのように公告するかの決議を要し、しかも買収計画の内容を公示すべきであるのに、本件買収計画の公告は之を欠くから無効である、と主張するが、買収計画は公告によつて初めて対外的に効力を生ずるものであり、買収計画を定めたときは農業委員会は遅滞なくその公告をすべく自作法第六条第五項により法定して義務付けられているのであるから当然にこれをなすべく、これをなすべき特別の決議をする必要はない。又公告には計画書類縦覧の期間と場所とを定めてすれば足り、その計画の具体的内容までも表示するの要なきことは右法条に徴し明白であるから原告のこの点の主張も又理由がない。

本件買収計画についての公告に定められた計画書類縦覧期間が原告主張の如く定められたことは成立に争のない甲第一号証により認めうるが、その期間は同年八月三十一日から同年九月九日までの各日の午前八時三十分から午後四時三十分となつていることは明かであるが、午前零時から始まらない初日は民法上算入されないので、その期間は法定の十日間に足りないことが認められるが、(右認定に反する乙第三号証の記載は右甲第一号証に照し信用しない)成立に争のない乙第四号証によれば原告は右縦覧期間内である同年九月七日に前記異議申立をなしていることが認められるから、右期間の欠缺により原告は何等の利益も侵害されていないことが明かであるから、その欠缺を主張すべき利益を有せず、従つて原告の右主張は失当である。

(三)  異議却下決定についての判断

成立に争のない乙第五号証の一、二、第六号証によれば、本件異議申立について尼崎農委において昭和二十六年九月十八日第二十五号議案として審議し、その結果却下の決議をなし、その決定書(乙第六号証)を会長名義をもつて作成し、これの謄本をもつて原告に告知したことが認め得られるのであるが、右決定書の書式については別段法定されていないのであるから(自作法施行規則第四条第一項)適当の形式をもつてすれば足るが、右決定書は右乙第六号証により明白な如く会長名義をもつて作成され主文理由及び作成年月日とを具備しているので決定書として間然することはないと認められるので、原告の右主張も又失当である。

(四)  裁決についての判断

原告は本件訴願裁決は主文についてのみ審議され内容の審議はされず、又裁決書は右審議に関与しない岸田会長名義で作成された違法があると主張するが、成立に争のない乙第十一号証によれば本件裁決は「主文」のみならずその理由についても審議の上決議されたことが明かであるのみならず訴願裁決書の書式も法定されていない(自作法施行規則第四条第二項)から、その裁決の結果に基き同委員会の代表者である会長岸田幸雄名義で裁決書を作成することは、たとえ同会長がその決議に参加しなかつたとしても、行政上代表者としてその責任において調査作成されることで一向に差支はないから、原告の主張はこれ又採用の限りでない。又原告は本件裁決審議の兵庫農委において訴願の一部を特別委員会の専決に委任したと主張するが、成立に争のない乙第七号証と右乙第十一号証とを対比考察すれば、兵庫農委は原告の訴願事由全項目に亘り逐一審議したこと明白であるので、この点の原告主張も当らない。

(五)  本件買収令書発行についての判断

成立に争のない甲第五号証の一、二によれば買収令書の原告に交付せられたのは同二十六年十二月十日であるがその買収時期は同年十一月一日となつていることが認められる。而して原告代理人はかくの如き令書の交付は無効であるという。買収計画に定められる買収の時期は対価がその当時の所有者に支払われることゝなつている(自作法第十三条)ところから見れば、この時農地の所有権が国に移転するものと解すべく、従つて一応はその時までには買収令書を交付して買収手続を完結しておくように法が期待しているとは見られるが、さればといつて、本件のように訴願裁決を経てその謄本を原告に送達する間に買収の時期を経過した場合、最早やその買収計画に基く買収ができないと解するのは失当であつて、買収時期を著しく徒過し買収計画を樹立した意味を失つた後買収令書を交付するような特別な場合を除いては、買収時期が買収令書の交付に至らずして経過した場合においても、買収計画は依然として有効に存続するものと見るべく、従つてこれに基く買収令書の交付も又有効であると解すべきであるから、右原告の主張は採用しない。

次に成立に争のない乙第八号証の一、二同第九号証の二、によれば、原告の訴願に対し同年十月二十九日に兵庫農委に於て棄却の裁決がなされ、同年十一月三十日以降にその裁決書が原告に交付されたこと、又同委員会に於て本件農地等買収計画について同年十月二十九日に承認があつたことが認められる。

而して原告は、承認以後において裁決書が原告に到達したから違法であると主張するのであるが、成立に争のない乙第九号証の一、及前記乙第九号証の二及び乙第十一号証によれば兵庫農委は議案第十一号「農地等買収計画承認の件」として本件買収計画の承認につき本件訴願の裁決の議案(第十号)と同時に昭和二十六年十月二十九日の委員会に提案して、先づ原告の訴願につき審議してそれを棄却することを決議し、進んで本件買収計画の承認の件を審議可決していることが認められる。而して自作法第八条に訴願についての裁決があつたときは裁決の意思決定(決議)があつたときと解すべきである。けだし、訴願庁の訴願についての棄却の意思が決定した以上、買収計画の承認をするも、その間意思決定に矛盾を来す虞はなく、裁決が対外的に効力を生ずるのを俟つ理由はないからである。

本件買収計画の承認申請が訴願裁決前である昭和二十六年十月一日になされたことは前記乙第九号証の一により明白であつて、それは一応自作法第八条の定めるところに反するのであるが、上級官庁たる兵庫農委がこれを却下することなく、前記の通り、その審議を同一買収計画に対する訴願棄却の裁決々議をするまで留保し、その後においてその申請に基く承認につき審議可決した右の場合、その承認を無効と見ねばならぬ理由はない。又買収計画の承認には特別に承認書を作成すべき法規はないので本件買収計画の承認につきかゝる書類の作成されたか否かを問うまでもなく原告のこの点の主張は失当である。しかして前記甲第五号証の一によれば本件の買収令書の発行は同年十一月一日であつて、その承認はその前々日の十月二十九日に為されているから何ら違法の点はない。

(六)  本件農地は小作地であるかどうかの判断

成立に争のない甲第二号証の一、乙第四号証の附属書類(調書)証人岡光正の証言によりその成立を認める甲第二号証の二、三証人中西勘一及び同岡光正の証言の各一部によれば、原告は本件農地を工場拡張用敷地として取得したのであるが、資材の不足から工場拡張の見込はたゝず、当時の耕作者中西勘一の先代力蔵の耕作を認めていたが、その後同十九年十二月頃力蔵は原告から本件農地を工員に給食するための原告会社の自給農園にするから協力してくれと依頼を受けたので、一ケ年の期間でそれを承諾して原告の嘱託となつたこと、その当時右力蔵親子の他に訴外中沢亀太郎、同魚住房吉も耕作していたが右の者達は自己の農地を持つていたので本件農地を耕作することをやめ、力蔵は原告の了解を得て訴外大浦亀吉、同木村竹四郎に手伝つて貰つている内に終戦となつて、原告会社の生産痳痺状態の間に昭和二十一年中頃自給農園は廃止となり、力蔵等は原告の許しを得て従来通り耕作していたところ、同二十二年十一月頃原告から本件農地の明渡を求められたけれども、力蔵は原告が小作関係を認めていたので明渡す理由がないと拒否したため、原告は力蔵を相手として神戸地方裁判所伊丹支部に調停を申立て、右調停において、同二十三年五月五日成立した調停条項第一項に「相手方(中西力蔵)及利害関係人(木村竹四郎、大浦亀吉、中西勘一)は申立人に於て農地調整法による農地潰廃許可手続を完了し同許可を得たるときは現作物収穫と同時に申立人に対し別紙第一物件目録記載の当該各土地(本件農地を含む)を申立人に明渡すこと」その第二項に「申立人に於て前項許可目的の使途に供せざるときは相手方並利害関係人等に対し農地とし貸渡使用せしめる義務あるものとす」との趣旨の条項があることが認められる。この認定に反する証人中西勘一同岡光正の証言は信用できない。

右によれば力蔵は一旦終戦直前一時原告会社の嘱託として本件農地を原告会社の自給農園として耕作に従事していたところ、終戦後原告会社の戦後の混乱のため操業休止状態に陥つたときから原告の了解を得てそのまゝ小作地として耕作して来たのであるが、前記伊丹支部における調停により、本件農地を農地調整法による農地潰廃手続の完了する迄、力蔵、勘一、竹四郎等耕作者の耕作権が承認せられたことが明かであつて、その後本件買収計画の樹立されるに至るまで原告が本件農地の潰廃手続を完了したこと或は右中西等の耕作権を回収したことを認むべき何の資料もない。尤も成立に争のない甲第三号証と証人岡光正の証言ならびに同証言により成立を認めうる甲第四号証を綜合すれば、原告は昭和二十二年四月頃以来被告尼崎農委を経て兵庫県知事に対し本件農地を含む農地二千八百余坪に対し、真空管研究所及び所員住宅建設敷地として、その潰廃の許可申請をなして来たことは認めうるが、これが許可のあつたことはこれを認むべき資料がなく、前記調停において「許可目的に供せざるときは」という以上は単に農地潰廃の許可を申請したのみでは原告が前記農地を回収する条件として足りず、更にその許可があつて他の目的に使用することが法的に可能となつたときとの趣旨であることは明白である。

原告は更に右調停の趣旨は農地潰廃の許可を受くる迄暫定的に使用を許したもので使用貸借を許したものでないから本件農地は小作地ではないと主張するが原告が右申請書を提出して以来満四ケ年以上或は前記調停成立後満三ケ年以上経過するも、原告において研究所設置の具体的意図を認むべき何等の証拠もなく、前記乙第四号証中の末項において「分工場設置の時期については目下のところ会社経営上の理由から確定して居りません」と記載しあることの認められる点より明かなように、申立の目的に使用する意思なきものか又はその意思あるも近き将来に於て事実上実施不可能なものと見られる。このように当時潰廃の具体的目途がなかつたのであるから、調停による中西等耕作者の認められた使用関係を一時的のもので使用貸借でないとは解されない。又当裁判所の検証の結果によると本件農地は尼崎市の産業中心部より相当離れた国鉄尼崎立花駅間の路線を横断した同踏切より約百米北進した地点東側であり、東西に通じる国鉄沿線付近及び西側道路(幅約五米)西方には人家及び工場が若干あるも本件係争現場附近は一帯が水田となつていることが明かである。以上によつてみれば、本件農地について近く使用目的を変更することを相当とする客観的情況がないものと認める他はないのであるから右のような事情の下に条件付使用貸借で耕作者が原告から農地の使用を委ねられて、その耕作業務の目的に供しているという関係が存する以上、右農地は自作法第三条第五項第四号にいう法人その他の団体の所有する「小作地」に含まれると解すべきである。

よつて右に反する原告の主張は理由がない。

原告は本件農地は公簿面より面積が広いのに、公簿面積によつて買収計画が立てられた違法があると主張するが、買収計画は原則として土地台帳面の地積によつて定むべく、地区農業委員会がその原則によるのを著しく不相当と認めて別段の面積を定めたとき初めてその面積によるべきことは自作法第十条に明記されるところであるが、本件農地が土地台帳面積によるのを著しく不相当とする程に実際面積に差があることはこれを認むべき資料がないからこの点の原告主張を容れることはできない。

最後に原告は買収計画に定められた対価の不当を主張するが、それは自作法第十四条所定の別訴により主張すべく、本訴の如き訴の原因とはならない。

以上の説示の通り本件買収計画及び買収にはこれを無効とし、或はこれを取消すべき何等の違法なく、それあることを前提とする売渡の無効取消の原因も又これなきに帰するから、原告の第一次請求及び予備的請求とも理由なきものであるからこれを棄却すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井末一 朝田孝 中田四郎)

(目録省略)

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